そうそう、レンタカー。

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全然ポーカーと関係ない話ですが。

 

アメリカに来て一週間以上いて、タクシーの移動が多いならレンタカーがおすすめです。

一週間で130ドルとか。Lukeに教えてもらったのでシェアします。

 

僕は、交通事故が怖いのと、借りるために一回ロサンゼルス国際空港まで行かなきゃいけないんでちょっと止めておきますが。

 

色々なところで乗り捨てができるようです。

ご興味があれば →レンタカーサイト

 

 

 

木原さん、ご指南ください! その2

 

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その1からの続きです。

 

 

で、木原さんと5/10(ドル)を同卓したわけですが、流れで、僕が木原さんの左側に座ることになりました。
(ポーカーは左側の方が後にアクションできるので、ちょっと有利と言われています)

 

 

僕は最初、全然手が入らず、プリフロも参加できない状態。

一方の木原さんは序盤からガシガシとレイズに3betに仕掛けていきます。

「木原さん、ほんとにそんなに良い手持ってんのかな?」

僕だけじゃなく、テーブルの全体から注がれる疑惑の視線(笑。

 

が、実はかなりハンドラッシュだったらしく、

こっそり「今のAKでした」とか結構教えてくれます。

「自分は強い手でばかりレイズしているのに、相手がそれを信じてないときって美味しいんですよ」

と、木原さん。

なるほど、その通りだ。

 

 

しかし、木原さんのレイズを信用しない他のプレイヤーからコールされたり、レイズされたりしてアップダウンの激しい展開となり、

開始1時間程度でバッドビートを立て続けに食らい、一気に-2500ドルに。。。

 

2500ドルというと、5/10では250BBです。

普通これくらい負けるとプラ転は結構難しかったりします。

しかし、そこは地力の差。みるみるスタックを増やし、すぐにプラ転してしまいました(笑。

 

 

木原さんと打っていて驚いたことはいくつもあります。

まず、テーブルの情報を逐一把握していること。

スタックサイズはもちろん、ベットしたチップのおつりまで細かく見ていました。

木原さんに指摘されて、ディーラーが間違いを認めることも何度か。

自分のチップだけじゃないですよ。他のプレイーヤーの分まで全てです。

 

また、相手のベット額とかもかなり正確に覚えている。

「シートナンバー6、多分強い手持ってますよ」とかいきなボソっと。

そのプレイヤーは、強い手のときだけレイズ額を10足したりしていたのです。

さらに、あるプレイヤーとヘッズアップのときには、

「シートナンバー8のCbetが小さいのに気づきました?

ターンでベットが大きくなったのは、多分フラドロがついたからでしょう」と。

結局相手はA6sでフロップトップヒットでキッカーが不安、で、ターンでフラドロがついた展開でした。

、、、、まさに指摘通り。すごい。

 

 

 

よく、「ポーカーは情報がプレイヤー同士で非対称なゲームだ」なんて、言われますが、

木原さんと打っていて、そもそも全体に公開されている情報(スタックサイズだったりベット額など)の認知度からして差があるんだなーと深く思いました。

基礎の基礎かもしれませんがとても大切なこと。

 

 

 

また、

あるハンドで僕がコールするか迷ったとき、

「さっきのってコールしますか?」と聞くと、

「7番のベットならコールするけど、6番のベットはフォールドしますね」

みたいな。

相手のターンやリバーのベット率とかもざっと理解して、信頼度を計算しているところも。

 

 

 

うーん。

ちょっと打っただけで思ったけど、木原さん凄すぎるわ。

何て言うか、数字的なデジタルな正確さと、相手の心情を読み解くアナログな感覚の両方を持ってるというか。

 

 

 

 

もうちょっと続きますね。

多分、次でラストです。
(その3はこちら

 

 

 

経費とかそういう話。

 

今回のコマース渡航への必要経費をまとめてみました。

 

 

まず、飛行機代。

シンガポール航空を利用しましたが、往復で11万1020円でした。

東京にちょっと用事があったので、東京発の便です。

僕は三重県在住なので、東京-名古屋間の新幹線代が往復で2万140円かかります。

 

 

次に宿。

コマースでは、「Super8」ってところに泊まっています。

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こんなところ。

日本で言う、東横イン的なホテル。

カジノがある場所からタクシーで5分ちょっとの距離です。

 

ホテルは一泊6826円ですが、税込みで7645円となっています。

これが、23泊24日で17万5835円
(実は3/15に三重で催される友達の結婚式に出るため一旦帰国しなければなりません)

 

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今日、16日分の延泊をしましたが、こうやって見るとなんだか壮観ですね〜。

(*備考です。海外出張の多いjjに教えてもらいましたが、ホテルズドットコムというサイトを宿予約に使ってます。10泊すると1泊タダになります。別々の宿に1カ所ずつ10泊しても大丈夫です。宣伝っぽいですが、何ももらっていませんよ笑)

 

 

さらにタクシー代。

タクシーでカジノへ9-12ドルするんですが、いつも電話で呼び出しているのでチップ込みで15ドルくらい。

往復するのに30ドルかかる計算です。

そんなわけで、30ドル×23日で690ドル(約7万600円)。

 

 

 

以上を全部計算すると、、

111020+20140+175835+70600

=377595

 

 

 

全部込みで、37万7595円!

高くないこれ!?

 

 

 

食費とかはカジノでポイントで食べれるのですが、

ここに他にも諸経費が加わってくると、40万円は超えるでしょう。

 

 

 

うすうす気づいていましたが、

単純に考えて毎日1万7000円は勝たないと赤字です。

 

 

 

が、頑張るぞー。。。

 

 

 

 

木原さん、ご指南ください! その1

 

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早いもので、コマースに来てから既に一週間。

レートを5/10ドル(大体テーブルに1,000ドル持って入る感じ)に上げたため、発狂収支報告が今までより格段に波打っております笑。

ちょっとスリルがあっていいですねー。

 

 

さて、

コマースに来た理由は、現地の情報を集めるためと、木原さんからポーカーを教わるため、です。

ことのきっかけは、木原さんがFaceBookに「コマースに行きます」と書き込みをしていたのを見つけたため。

すぐに「一緒に行ってもいいですか?」と連絡を入れ、押し掛けてみました。

 

木原さんの書き込みを見ていなければ、次はフィリピンのセブや、カンボジアの国境らへん(ポイペット?って街にポーカーができるカジノがあるらしい)に行っていたところでしょう。

 

 

 

木原さんはコマースでは、*PLOのキャッシュゲームを打っています。
(*「ポット・リミット・オマハ」というゲーム。僕が普段打っているNLH「ノーリミット・テキサス・ホールデム」と同じく、手札と共通カードを使うフロップゲームですが、手札の枚数が違います。NLHは2枚ですが、PLOはなんと4枚!組み合わせが多様で、アクションも大きく、強い役ができやすいことなどから人気があります。昔はスタッドポーカーが人気があり、次にNLHにの時代になったように、次はPLOが流行する時代だと言われています)

 

それも、僕が打っている5/10なんかよりは全然ハイレートのテーブルです。

前に、バッドビートジャックポットを当てて喜んだ記事を書きましたが、実は、ジャックポットがあるのは、NLHでも5/10までです。木原さんが打っているようなレートでは、そういった特典はありません。

 

理由は簡単で、

ジャックポット以上のお金が一回のハンドで普通に動いたりするからです。

もはや賞金が、そこまで魅了的な金額ではなくなってしまうのでしょう。

 

 

僕は木原さんのNLHを拝見したかったんですが、

木原さんの邪魔をするのも悪いので、「NLHを打つタイミングがあれば教えてください」と伝えてみました。

 

すると、

「*LAPCのメインイベント前に調整のためNLHは打つつもりでしたけど、息抜きもしたいので5/10を打ちましょうか?」とのこと。
(*木原さんはこれに出るためにコマースに来ています。参加費用は1万ドル! 木原さんは昨年、最後の9人になるまで勝ち残りました。スンゲー)

僕は、「是非よろしくお願いします」と返しました。

 

 

 

始めは後ろで木原さんの打ち方を見ようかと思っていましたが、、、

自分が実際にプレイしているところを見てもらった方が断然意味があるよな、と思い同卓をお願いしました。

 

*チェックダウンなしで。木原さんに破産させられたら仕方あるまい笑。
(*「チェックダウン」とは、例えば、
僕と木原さんの二人だけでポットを争う場面になったら、お互いにベットをせずに最後までチェックしてショウダウンすること。ポットが大きくなると店の取り分となるレーキが高くなるし、何より、仲間内で打ち合わなくても良くない?という理由で結構やってる人がいます)

 

 

 

そんなわけで、

木原プロと同卓することになったわけです。

 

ごくり。。

 

 

 

その2へ続く、、、。
(卑怯?笑)

 

 

 

長〜い(?)パンフ。こんなにやってますトナメ。

 

コマースでは、1/17から3/6はLAPCという大会期間。

大小様々、種目も様々なトーナメントが毎日開催されています。

この期間中は会場のホテルは満室。2,3ヵ月前じゃないと予約は取れないそうです。

 

一泊一万三千円(!)くらいするのに、すごい人気であります。

 

 

 

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こちらがトーナメントのパンフレット。

ちょっとオシャレっすね。

 

 

 

さて、広げてみると、、、

 

 

 

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じゃん!

トーナメントありすぎでしょこれ笑。

 

 

 

読めそうで読めない文字って、結構ストレスに感じる人もいるらしいので、

一応、四分割にしてアップしておきます。

 

 

 

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こちらでも見れます。よろしければ。

 

 

 

僕は、とりあえずキャッシュゲームに注力。

(キャッシュゲームも安心できないけど、)トーナメントはまだまだ勉強中の身なんで一旦保留っす。

 

 

 

よ、よーし、明日も頑張るぞー(棒)。

 

懸案のタクシー代でしたが、CommersとChino Hillsの間くらいの場所で食事をしたので、60ドル程度で済みました。

ご心配頂きありがとうございました。

 

 

そんなわけで、

昨夜はDavidと、Luke夫妻と、Lukeの妹(姉?)夫妻とその両親と食事をしてきました。

Lukeの妻はフィリピン人で、Lukeは台湾人。

Lukeの妹の夫も台湾人なのですが、アメリカで育ったそうです。

そこに、日本人がお邪魔して、何だかインターナショナルなテーブルに。

 

ポーカー好きのDavidには、手土産に「Harrington on Cash Games: Volume 1」というポーカー本を。

 

DavidやLukeは僕のバッドビートジャックポットをとても喜んでくれました。

本当にいい人たちです。ごちそうになってしまったし、帰りは送ってもらっちゃったし。。。

 

 

去り際の頑張ってねという言葉を胸に、意気揚々とポーカーテーブルに向かったわけなんですが、、、

 

 

 

KsJsで、QdTs8sのボードでフロップオールインになり4000ドルのポットを失いました。

発狂!

 

 

KsJsは、9Jにも88,TT,QQにも五分かちょっと悪いくらいの勝率ですが、一番最悪のAsQsが相手から出てきました。

AsQsに対する勝率は30%を切ってしまうのです。

 

今日は色々つかんかったっす。

AAのプリフロ3betからのフロップベットについてきた相手に、ターンで33のセットを作られたりと。

 

 

 

さて、、、、寝るか。

 

 

 

David一家の食事会へGO。

 

今日は今からDavid一家の食事会にお邪魔させてもらいます。

 

Davidというのは、僕がマカオでお世話になった方です。
こんな感じに。

で、その息子さんのLukeにはマニラでお世話になりました。
→今までのDavid家とのつながりをまとめるとこんな感じです。

 

Davidはオフィス機器の会社を経営しているんですが、世界の色々なところに支社があります。

そして、そのそばには何故かいつもカジノがあります。

 

 

ある日ちょっと思ったんですが、

 

こ、この人、、、カジノに行きやすいように、カジノのそばに会社を立てているんでは?

 

という疑惑が僕の中に芽生えています笑。
(なぜなら彼は、バカラのやり過ぎで親指が変形した男なので)

 

 

知り合いを頼りつつ、世界のカジノを巡っている僕に取ってはとんでもなくありがたい存在なのですが。

 

 

 

さて、今日の食事の場所ですが、Chino hillsって街らしい。

この辺に住んでいるらしいので。

 

 

 

しかし、

 

 

 

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むっ〜ちゃ遠そう。

 

タクったらいくらかかるんやろか。
(画像の青から赤まです。)

レンタカーだと事故したときのリスクを考えると怖いし、公共交通機関もこの辺りは治安が悪いというし、ちょっと悩んでいます。

 

 

タクシーで行った方が間違いなさそうだな。

まあ、あぶく銭こそこういう時に使ってみようかな。友達に会うためだしね。

 

 

 

負けた、、、の?(後編)

 

負けた、、、の?(前編)の続きっす。

 

 

ディーラーにショウダウンを促され、

相手は、、、

 

 

 

Ac6cをショウ。

 

 

なんとフロップからAAA66のフルハウスができていたのです。

それが、リバーでAAAA6のクワッズになったと。

 

 

いやー、A持ってたかー。

負けたわー。ターン打たなかったらもっと安くショウダウンまで行けたのにー、とか思いながらマック(ハンドを開かずに捨てること)しかけました。

そして、、、「あれ?」っと思いました。

 

これって、バッドビートジャックポットじゃね?

 

バッドビートジャックポットとは、簡単に言うと超強い手を持っているのに、さらに超強い手に負けたときにもらえるご祝儀みたいなものです。バッドビートジャックポットを設定していないポーカールームもありますが、コマースにはあったのです。
条件は2枚使いのAAATT以上のハンドで2枚使いのクワッズ以上に負けること

 

僕がJJをショウすると、、、テーブル全員が拍手喝采。

僕がAAAJJという超強い手で、相手のAAAA6というさらに超強い手に負けたため、バッドビートジャックポットが成立したのです。
もしボードにAAA以外で6以上のカードが1枚でも出ていたら無効でした。仮にボードがAA74Aだったら、僕のハンドは変わらずAAAJJですが、相手のハンドがAAAA7となり、相手は6を使っていないことになるからです。そもそもボードに6があるのにA6の6キッカーを認めてくれたのもハッピーですが、、

 

さて、ここで拍手喝采を送ってくれたテーブルの同卓者。彼らは善意だけで僕を祝ってくれたわけではありません。

彼らもご祝儀をもらえるのです。バッドビートジャックポットには決められた配分があり、バッドビートを食らった側が50%。バッドビートを食らわせた側が25%。残り全部を他の同卓者で山分けするのです。場所によって違いますが、だいたいこんな割合。

フロアに促されて、テーブルの9人全員が身分証を提示します。僕はパスポートを。

 

15分ほどして、僕と勝者を除いた同卓者全員に600ドルちょっとが配られました。

同卓しただで600ドルとか多くね??と思いつつ、期待は高まります。

 

そしてまた15分くらいして僕も呼ばれ、キャッシャーの横の特別室みたいなところに通されました。

扉は厳重な作りになっており、中に入ると鍵がウィーンとかけられました。

 

 

係の女性に机ごしに手渡された用紙には、、、861ドルという数字が。

 

あれ、安くね?と一瞬思いました。

同卓者とあんまり変わんないじゃんっていう僕の表情を察したのか、

「あ、これね、税金なの。カリフォルニア州のルールに則って861ドルもらうわね」と言われました。

 

 

861ドルで税金。。。てことは、、ゴクリ。

 

 

「あなたのはこっち」

 

 

そう言われて出てきた来た用紙には、、、

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なんと11,429ドル(約117万円)との金額が。

 

 

ひゅーっと風が吹く感じがしました。そしてちょっとにやけました。

 

 

「僕、かなり通ってるんですけど、今まで一回も出たことないんですよね、バッドビートジャックポット」って、ロスに来る道中に話してくれた木原さん。すいません、初日に引きました。

 

 

jjは喜んでくれましたが、「何で俺と同卓してるときに出さねーんだよ!」と無茶を言ってきました。
(んなもん選べねーっす)

 

 

しかし、

jjの帰国時間を待っててJJでジャックポットを引くって、何かいいっすよね。

 

 

 

負けた、、、の?(前編)

 

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この収支報告の爆上げは一体。。。

ちょっとご説明します。

 

 

***

ロサンゼルスに仕事で来ていたjjが、2/19の朝9時に帰ると言うので、

かなり眠たかったのですが、「jjには世話になってるし、まあ最後だしつき合うかな」的なノリで朝まで一緒に打つことにしました。かなり眠たかったんですが。

 

二人してブラインド5/10(ドル)のテーブルに1000ドル持って座ることにしました。

しかし、しばらく打ち続けて朝6時を回るころには5/10のテーブルがブレイク(人数が少なくなってテーブルが立たなくなってしまうこと)。

 

jjの出発まであと残り2時間ちょっとあります。

そこで、5/5の卓が立っていたので、二人してレートを下げて別々に打つことにしました。

ここでは500ドルがMAXだったので500ドルを持って入ります。

 

 

 

一時間くらいして、BTN(最後に決断できる一番いい場所)のポジションでJJ(紛らわしいですが、jackが二枚です)が配られました。

 

前のポジションの人がレイズ。これを次のポジションの人がコールします。

レイズしてきた相手はレイズ頻度が高いので、大した手は持っていないだろうと考え僕はリレイズ。

最初にレイズしてきた相手はコールして、次のコーラーはフォールドしました。

ヘッズアップ(1対1)です。

 

フロップは、 As Ah 6h。

ハートのフラッシュの可能性がありますが、それは関係無さそうです。

相手はチェックしてきたので、TT(10,10のペアをTTと表記します)以下がコールしてくれるかなとベット。相手はコールしてきました。

 

ターンが、4s。

ツートーンとなり、ハートに加えスペードのフラッシュの可能性も出て来ました。

相手はまたもチェック。

ここで再度ベット120。すると相手はチェックレイズ240、、、。
ターンベットはミスプレイかな、と今は思います。相手のスタックは残り280。相手がA持ちの可能性があったので、ここは慎重を期してチェックすべきでした。プリフロでリレイズしてこなかったのでKKの可能性は低いですが、QQやAXの可能性はあります。特にレイズ頻度が高い相手がAと弱いキッカーで入ってきて3betに降りられないパターンとかがあるからです。JJが勝っているハンド、TTぐらならまだしも、ミドルペア以下はダブルバレルのプレッシャーを受けきれなさそうですし。相手にレイズを返されたら、こちらは最後までつき合うかどうかをターンで選ばなくてはならなくなります

 

しかし、ミニマムレイズ(この場合は二倍)だったのと、相手がちょこちょこ下手なブラフをしているところを見ていたのでコールしてしまいました。
これこそがミスプレイかも。。。

 

何はともあれ最後のカード、リバーが開きます。

リバーは、、、Ad。

 

 

 

ん?

 

 

 

A?

 

 

相手がA持ちのトリップス(3カード)かな、やっべーなーっと思っていた僕にはかなり嬉しいカードです。

調子のいいもので「あんた、本当にA持ってんのかよ」と一気に相手を疑い始めます笑。

Aを持っていればクワッズ(4カード)です。クワッズは相当出現率が低いからです。

 

相手は残り280くらいをオールイン。

ターンで相手のレイズを受けた以上、ポットオッズ(自分がいくら払っていくら貰えるかの比率。この場合、280をコールして950くらいを貰えるかどうかのオッズだったので相当良い比率)が良くなっているので降りるわけにはいけません。相手がAやQQ,KKを持っていたらそれは仕方ない。

 

 

そんなわけで、

僕はコールしました。

 

 

 

負けた、、、の?(後編)に続きます。

*長いでちょっと分割しますね。

 

 

 

広すぎLAコマース。

 

ロサンゼルスのコマースカジノは、めちゃくちゃ広いポーカールームがあることで有名です。

そうは聞いてはいたけど、、、実際に見て驚きました。

 

 

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ひ、広すぎだろこれ。。。

 

 

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別アングルです。平日っすよこれ。

 

 

僕が抱いた感想は、

「小学校の体育館みたい、、、。」でした。

小学生のサッカーの試合くらいなら間違いなくできます。

 

 

ここが一番大きいルームで、まだ他にも中小のポーカーをするスペースがあります。

ルールの差異はあれども、ここにいる人たち全員がポーカーをしてるって凄い。

 

 

 

ロサンゼルス到着。からの、

 

飛行機に10時間くらい乗って、やっとこさ着きましたLA。

そして、、、

 

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いきなりプラ転しました笑。
(誤入力とかじゃないです)

 

 

いやー、旅を始めてから負けブログとなっていた収支報告もこれでプラスっすよ。

うんうん。黒字って本当にいいもんですね。

 

 

プラ転のその理由は、次回書きますね。

ちょっと睡魔に勝てません。

 

 

「当時はAKオフをプリフロで降りてました(笑)」マカオ定住プレイヤーのパイオニア・矢倉賢一インタビュー。

 

 現在、日本人がポーカーで生計を立てるには、大きく分けて二種類の方法がある。一つは、「Poker Stars」や「Full Tilt Poker」のような海外サイトを利用してオンラインでリアルマネーを賭ける方法。もう一つは、海外に実際に定住しカジノで金を賭ける方法だ。

2008年よりマカオに定住し約3年もの間、外国人相手にポーカーを打ち続けたポーカープロがいる。ほとんどの日本人が、ポーカーと聞くと手札に5枚のカードを用いるドローポーカーを思い浮かべていた頃から、ホールデムのプロとして生活していたのだ。まさに日本ポーカー界のパイオニア的存在である。

今回、矢倉賢一氏に、当時のマカオの様子やご自身のポーカー観を取材させて頂いた。

 

 

 

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矢倉賢一氏。今回快く取材を承諾して頂いた。
ニューオープンしたての矢倉氏のお店にて。

 

 

─  ポーカーを始められる前は?

「ポーカーを始める前は、東京で麻雀協会に所属していました。一番大事なリーグ戦の最終節に遅刻しちゃって。。そのまま辞めてしまいましたね(笑)。ちょろっと本当におもしろいのかなと試してみたくて始めただけだったんで」

─ ポーカーを知ったきっかけは?

「Nさんていう人物がいるんですが、彼が謎にアメリカに行ってて。別に留学でもなんでもないんですが。半年から1年くらいして帰ってきたときに連絡がありました。『すごい話があるぞ。すごいことを教えてやるからちょっと来い』と。そこで教えられたのがNLH(ノーリミットホールデム)でした。僕は『何これ、めっちゃおもしろい』と思いすぐにハマりました。それが2007年の秋頃。そのNさんのポーカー話に食いついたのが、僕ともう一人、小倉孝でした。もともと、彼とは麻雀協会が一緒で面識あったけど、彼はAリーグ。それまでは麻雀を一緒にすることも、遊ぶこともなかったんですがね。

最初、教えてくれたNさんも下手かった。『ポーカーは食える』とか言いながらめっちゃ下手い(笑)。当然、僕も小倉も下手い。でも、段々と上手くなってくると、勝てる人と負ける人が分かれてくる。中でも、小倉が最初に上手くなった。彼は負けなかったっすね。で、麻雀業界で流行らそうと思ったんですが、この業界の人ってあんまりお金持ってなかったので、仲間内では続かなくなっちゃったんすよ」

─ 当時アミューズはあったんですか?

「アキバギルドはなかったですね。コーナーポケットとかは既にありましたが。ちなみにNは一瞬だけコーナーポケットでバイトしてます。客を引きたかったのかも(笑)。

で、その頃に一緒にポーカーをしてたのがライアン・モリスでした。(ライアン・モリスとは、近代麻雀でコラムを書いたりしている、日本にとっても造詣の深いアメリカ人。麻雀界では有名人。こんな方です)Nがたまたま声をかけたんですが、ライアンは『え、俺が本気(マジ)でやっていいの?』みたいなノリで返事してきて(笑)。このときに本格的にライアンの凄さを知りましたね。小倉は強いなぁと思ってたけど、ライアンはもっと強かった。なんと言うか、ポーカーってこうやっていいんだってのを教えてくれましたね。僕たち日本人って農耕民族的なプレイって言ったらいいのか、ポットを奪い取るって感覚よりきれいに勝つってスタイルをやってたんですよ。『セットしました』『ナッツフラッシュです』『ローストレートです。あ、こちらはハイストレートです』みたいな(笑)。ポットを美しくゲットしていくというポーカー。それを面白いと思っていた」

─ フィット•オア•フォールドといったスタイルですか?

「そうです。いい手を待って、強い手が来たときに攻めるというスタイル。ところが、モリスは違ってた。彼は『フォールドエクイティ』とかそういう概念も『これがこうなるから、ええんちゃうの?』って超関西弁で教えてくれるんですよ(笑)。でも、僕らは『何でそんな両面でオールインできるの?』とか、『ダイヤ出やんかったらどーすんの』とか言ってた。本当にそういレベルだった。その場で答えてもらっても納得できる技量もなかったし、ポーカーが終わった後に、みんなで飯食いながら『うーん』とか言いながら話し合ってましたね。で、『やっぱりライアンの言ってることが正しいな』みたいな結論になって、mixiで質問したりしてました。ライアン先生教えてください状態ですよ(笑)」

その頃から、海外に行こうと思ってました。ちょっとはお金を貯めてたんで、どこ行こうかなってめっちゃ調べてたんですよ。そしたら、2008年春頃にマカオのグランドリスボアにポーカールームができるっていう情報が入って。そのときに200万円持ってマカオに行こうと決めました」

 

 

 

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こちらの七色に輝く異形のビルがグランドリスボア。
矢倉氏が数々のドラマを生み出した主戦場である。

 

 

─ 当時どれくらいのレートで始められたんですか?

「当時のレートは25/50HKD、50/100HKDでした。100/200HKDはあったけど卓が立たなかった。で、レーキは5%なんですが、CAP(レーキの上限)が高かった。なんと500HKDだったんですよ。Nさんにレーキを聞かれたときにCAP500HKDだと説明すると、『ベガスの10倍くらいやん!それ絶対一桁間違えているで』と驚かれました(笑)。それでも10卓くらいあって、いつも3-4卓は立ってましたね。普段は25/50HKDをメインで常連達と打ってました。で、下手な人が迷い込んできたら、50/100にレート上げたりして(笑)。100/200は自分の中で最高レートのつもりで、トーナメント期間中や旧正月のときだけ打ってました。相手は遊びにきている中国人や、マカオで事業をしている韓国人。韓国人は多分ジャンケットだったんじゃないんですかね。彼らがめちゃめちゃ負けてました。始めは遊び金なのか余裕そうでしたが、最後らへんはフラフラになってました(笑)」

─ グランドリスボア以外にポーカーはなかったんですか?

「スターワールドにポーカープロっていう機械の台がありました。僕らは『クソゲー』って呼んでましたが(笑)。レートは25/50HKDのCAP100HKD。ヘッズアップ用と9人用のテーブルがあって、カードのディーリングとか全部やってくれるんですよ。レーキが安かったんで下手い韓国人のおじさんとかとヘッズアップをよくやってましたね。ヘッズアップは、ゲーセンの対戦ゲーム機みたいな感じ。僕は初めて見たとき、『すげえ、超画期的』と思ってたんですが、誰も座ってなくって廃れてました(笑)。最近City Of Dreamsに機械でやるポーカー台がが入ったらしいすね。こういうのは新しい人に広めるにはいいと思います。キャッチーで」

─ その後に続々とポーカールームができてきたと。

「グランドリスボアができた後にグランドワールドっていう所にポーカールームができて、ここでAPPTマカオが初めてトーナメントをしたんですよ。でも場所が悪すぎてすぐにポーカールームが潰れた。だってタクシーが来ないんすよ(笑)。それで、次にできたのがスターワールドでした。オーナーはマイク・キムです」

─ マイク・キムってフィリピンにポーカールームを開いているあの韓国人の?

「そうです。当時はスターワールドの中でルームを開いてました。今はポーカーキングって名前で別のオーナーがやってますが、当時はマイクがやってました。ここはレートが高かった。100/200HKDと200/400HKD。グランドリスボアでは1万HKDもチップを買うと、『お、ようけ買うねー』って感じでしたが、スターワールドでは上手い人は10万HKDも持ってテーブルに入ったりしてました。レートが高かったんで、デビューするときは小倉さんとノリ(二人で出資額と儲けを半分にすること)で打ったこともありましたね。ハイレートのときのハンドレンジは相当締めてました。すべてのポケットペアと、スーテッドエース。AKとAQのオフスートはプリフロで捨ててました(笑)」

─ マジすか(笑)

「マジです(笑)。今やったら絶対みんなに笑われますけどね(笑)。でも当時は200/400HKDなんて絶対負けられない額だったんで。スーパーディープスタックでのトップペア・トップキッカーの使い方がわからなかったんです。ポットに金入れるハンドじゃないなって思ってて。セットオーバーセットについてもめっちゃ議論しましたね。議論の末、『そこまで気にする確率じゃないね』という結論に達しました。まあ、その後めちゃくちゃ痛い目に合うんすけどね(笑)。

次にできたのがウィン。2009年の中頃だったと思います。ここは1卓に10プレイヤーズだったんで、それが嫌であまり通いませんでした。他と比べてレベルが高かったのも理由の一つです。で、最後にできたのがベネチアンでした。

ルームごとに特徴があって、グランドリスボアは中国系。ベネチアンは中東系、ウィンは欧米系の人が多かった。多分プロモーションの違いだと思うんですが、ホテルの備品一つをとっても、その国の人に好まれる物を置いていたと思う。

始めはめっちゃ狭いハンドレンジで勝負してたんですよ。各ポジションのスターティングハンドとかメモしてあるレンジ表とか使ってました。でもそれ、ノーリミットじゃなくてリミットゲームのハンドレンジなんですよ(笑)。でも転換期があって、グランドリスボアのレーキが下がったんです。CAP200HKDとかになって。それで、もっとポットに参加してもいいかなと思うようになって。この頃にはスウェーデンの若いプレイヤーとか上手いプレイヤーが出てきてて。僕もハンドレンジを広げたかったんですよ」

─ ルーズアグレのスタイルに寄せた方が、もっと稼げると?

「そうです。実際彼らスウェーデン人の登場で200/400HKDなんてハイレートの卓も出てきたんですよ。2008年の秋頃には僕もハンドレンジを広げて、スーテッドのローカードとかを使い始めてました。グランドリスボアでは3betはAA,KK,QQ,AKしかなかったし、ベット額も小さくてハンドを保持できた。ドローも引きにいけた。でも、ウィンのルームのプレイヤーはとても進化してましたね。よりゲームが難解で面白いポーカーをしていた。スクイーズとかもしてくるような」

─ 日本人がマカオに来はじめたのはいつぐらいですか?

「僕らが渡ったときは日本人は皆無でした。あんまりまだ知らなかったんじゃないすか。初めて、日本人の方が少しずつ来だしたんのが2009年くらい。APPTマカオとかのトーナメントです。それから日本人が増え始めましたね。でも、2009年頃の日本人はまだあまり上手ではなかった気がしました。なんて言うんすかね。AAとかで取られてるっていうイメージ」

─ ハイペアを降りられない?

「はい。AAだと大抵全部取られてましたね。そういうのを見ると、『あんま慣れてないのかな』とか思ってました。この点は、ライアンに事前にポーカーを教えてもらってたのが大きかったです。『AAなんか誰からチップを取れるんだよ。プリフロップでしか取れねーから!』って(笑)。でも今はすごく上手い日本人のキャッシュプレイヤーはいっぱいいますね」

 

 

 

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矢倉氏のお店には、戦友である
小倉孝氏からの開店祝いのお花が。

 

 

 

─ 結局マカオにはどれくらい住んでいたのでしょうか?

「2008春頃から2011年にかけてですから、約3年間マカオにいましたね。でもビザの関係で3ヵ月に一週間日本に帰ってました。最初は珠海(※中国の広東省南部の地域。マカオから陸路で行ける)に渡って戻ってきたりもしていました。日本人のパスポートは優秀でしたが、中国人はしんどそうでしたね。大陸からマカオに来ると一週間しかマカオにいられない。一週間経つと一度珠海に出て、日をまたいで戻ってくるとまた一週間か二週間マカオに滞在できる。今度は珠海に出てもビザが復活しないので、今度はタイに行って戻ってくる。中国人の風俗嬢とか大変そうでした。マカオなのに中国人が一番大変だなんてね。

また、APPTマカオの後や旧正月の後とかはマカオが閑散とするんで、旅行とかよくしてましたね。香港やフィリピン、韓国なんかもいってました。マカオ以外の海外のトーナメントなんかもよく出てましたよ」

─ どんなところに住まれていましたか?

「グランドリスボアとスターワールドの間くらいのところに住んでました。財神娯楽場(FOTUNA CASINO)っていうデビット伊東のラーメン屋が入ってるホテルのトイメンのマンションです。ちなみに、このラーメン屋は結構うまい(笑)。よくそのカジノでブラックジャックとかバカラをやってましたね。小倉さんやNさんと(笑)。雨降りとかに、カジノの中からポーカールームへ行けるんで使ってましたが、行く途中にちょっと寄ったりして。まあ、ポーカーやる気をなくすくらい負けたりしてましたが(笑)。

最初に借りた間取りは2LDK。騙されてたんでしょう、1ヵ月で2万5000HKDもしました。セナドっていうサウナがあるんですが、あまりに家賃が高いんでそこの女の子に部屋を貸してました(笑)。バンスっていって、借金している子は寮を出してもらえないんですが、バンスがもう無かったり、減ってきた子は外に出られるんです。普通は男と住んだり友達と住んだりするんですが、その子らが部屋をタダで貸してくれって言ってきて。さすがにタダだとアレなんで、4人で8000HKD払わせましたね。格安ですが。そのお陰もあって1年くらい住んでました」

─ 他の所に引っ越されたんですか?

「ある日、雨漏りで部屋がプールみたいになっちゃって。『誰か蛇口ひねっとんじゃないの?』ってくらい部屋の中に水が流れ込んでた。文句を言って部屋を引っ越したんです。次の部屋へと7階から19階へと移動。今度の部屋は3LDKになって1万5000HKDくらいに値下げ。ベランダがちょっとしょぼくなったけど、すんごいいい部屋でした。そのときからいろんな人が家に遊びに来だした。家具もちゃんとして、ネットも整備しました。ポーカーテーブルと全自動麻雀卓も置いたりして(笑)。グランドリスボアから換金せずにパクってきた黒チップ(100HKDチップ)を5-6万HKD常にテーブルに置いてたんですよ。ポーカーの練習をするために。

一回、売春宿と勘違いした警察に踏み込まれたことがあります。6人くらい機動隊みたいなんが突然入ってきて。結局問題なしでしたが、博打場を開いていても国外退去らしいんで運が良かったです。普通、ポーカーテーブルに雀卓って言い訳できないんじゃないすか(笑)」

─ それにしてもテーブルとか雀卓とかよく手に入りましたね。

「テーブルは2000HKDでした。。HKPH(香港ポーカーハウスというアングラのポーカールーム)のオーナーが友達で、アメリカ人のブランダンって男なんですが彼から売ってもらいました。彼との出会いは、WSOM(ワールドシリーズオブ麻雀)ってう大会なんです。実は、僕はそれで世界2位になってて(笑)」

─ 世界2位!(笑)。ちなみに、、何人参加ですか?

18人です(笑)。誰かが日本式の麻雀を流行らそうとして、ベネチアンで大会を開いたんですが失敗に終わったんですよ。そのときに知り合ったのがブランダンです。彼はリーチすると、サングラスをかけるんです(笑)。多分ポーカー的にリーディングをさせないためです。で、僕がリーチするときも『ケン』と言ってそっとサングラスを差し出してくれるんです(笑)。そこから友情が始まりました。まあHKPHがパクられてそこのテーブルをもらったんですが(笑)。

─ 思い出深い逸品ですね(笑)。では麻雀卓は?

「珠海の国境らへんに変な友達がいて、闇市で色々な物を手配してくれるんです。当時結構暇な時間があったので、デスクトップを買おうとして、その人に手配してもらったり。で、ある日冗談で『麻雀卓ないの?』って聞いたら、即答で『ある』って(笑)。5000HKDって言ってきたので3000HKDって言ったらその値段になりました(笑)」

 

 

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矢倉賢一氏が四日市にオープンしたポーカーバー。
何故か土川鉄也氏のトロフィーが飾られている(笑)

 

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まだ真新しい新店舗のポーカーテーブル。
このテーブルから続々とプロが輩出されていくのだろう。

 

 

 

─ 今までの最高勝ち額ってどれくらいですか?

「最高レートが100/200HKDのつもりでやっていて、一時的にトーナメント期間や旧正月だけ200/400HKDで打ったりしてたんで、そこまで大きな金額は賭けてないです。普段は25/50HKDや50/100HKDですから。でも、一番大きいもので50万HKDのポットを取ったことがありますね。100/200HKDのNo-Max。最初は大体みんな4-5万HKD入れてるんですが、朝方とかかなりバイン額も増えたりするんです。そのとき僕はTJsを持っていて、ボードが789。僕がフロップストレート。相手は二人で、56ストレートと99のセットでした。それでフロップで入れ合いに。そのまま逃げ切りましたが」

─ ペアボードにならなくて良かったっすね。

「ええ。他には、金額的には3番目くらいの勝ちでしたが、12-13万HKDのポットを取ったときが面白かった。同じく100/200HKDのレートだったんですが、このとき僕、何も持ってなかったんすよ(笑)

─ クソブラフですか?(笑)。

「フラドロと両面だったんすよ。僕3c5cで結局引けずに5ハイ(笑)

─ 何で勝てるんすか!(笑)

「フロップがK24のツークラブ。ストフラドローだったんで、フロップでバシバシと入れ合いになって、こんなもん降りれるかとオールイン。これはマカオの特徴なんですが、。オールインになってもフロップ・ターン・リバーとめくり切るまでショウダウンしなんです。ポーカールームによってもショウダウンするタイミングは違うんですが。このときは最後に見せるルールでした。相手は超金持ちっぽい若いインド人。後ろでさらに若い弟子みたいなやつが見てて(笑)。ことあるごとに『このハンドはこうで、こうするんだよ』的なことを後ろを振り返りながら説明している様子なんすよ(笑)。むっちゃチリチリの頭で、金のネックレスしてて。プレースタイルもめちゃくちゃアグレ。結局ターンもリバーもブランクで引けず。これは負けたわーと思いました。でも、オールインはインド人からだったんですが、そいつが『You show』とこっちに何度も要求してくる。順番的に相手からショウダウンするルールなんで、まあまあ強い手持っているよって雰囲気を出しながら『You show first』と言い返したら、彼はマック(※カードを伏せて捨てること)したんすよ(笑)」

─ マックって(笑)。 5ハイに負けてるハンドないのに(笑)

「多分フラドロだったんでしょうね。何度も相手に『何を持ってたんだ』って聞かれたから、僕は『キ、キング。キングキング』って何回も言ってマックしました。怖かったんで。まーただの5ハイでしたが(笑)。その経験から、新しくポーカー始める人たちには、ショウダウンの順番は知っとかなあかんよって言うようにしてますね」

─ 勝ちを拾いましたねー(笑)。逆に大負けは?

「負けは大した額を負けてないんすよね。それでも9万HKDくらい。忘れもしないっす。フロップ356のツートーン。僕は47でフロップストレート。相手とフロップで入れ合いになって、相手は47のスーテッド」

─ フリーロールですか?(※同じストレートだけど、相手にはフラッシュの可能性がある状態)

「そうです。でも、フロップには1枚しか落ちていない色だった。ランナーランナーでフラッシュを引かれちゃったんですよ。こんなこともありましたが、でも基本的に大きな負けはしなかった」

─ バイイン額をいくらまでとか、何回バイインしたら辞めるとかルールは決めてたんですが?

「そういうのは決めてなかったですね。あるとしたら、旧正月かトーナメントしかディープスタックでプレイしないってことぐらいですかね。200BBくらいが上限額で、ちょっと勝って300BBをうろついてて、噴くと700BBになってたって感じ。700BB持ってたときはナッツが見える状態じゃないとすぐ降りてましたね。それくらい降ろされてましたし降りてました」

─ 当時を振り返って思うことはありますか?

「今海外で生活している人って、相当ポーカーのことわかってプレイしていると思います。だけど、当時の僕はあんまりやり方がわかってなかったんすよね。例えば、AAを持っていて、リバーでボードにボトムペアができる。これってトップツーペアとかをまくれるいいカードじゃないですか。でも、それが一瞬よくわかんなかったレベル。『ああ、こっちの勝ちなんや』みたいな言われて気づくことがちょくちょくありました。そんな僕でも勝ててた。その理由は二つあって、一つはプリフロのハンドレンジが極端に良かった。他のプレイヤーより断然。そりゃリミットホールデムのスターティングハンド表を使ってたわけですからね(笑)。もう一つが、中国人メチャ下手い(笑)。そんな微妙な僕よりもさらにゲームをわかってなかった。中国人はめっちゃポーカーをするらしいんですが、普段からショウハンドしまくるポーカーをやってるらしくて、すぐオールインになる。中国語でオールインを『ソーヘー(show hand)』て言うんですが、そんな荒っぽいポーカーをするからすぐに負けるわけです。それに気づいた後は、プリフロのレンジを締めるだけで良かった。こっちはAQ、ボードがAQ2で勝ってるわってレベル。トップツーでやっと一安心なんすよ。こっちAJでボードが A4Q。これで相手に押されたら降りてた。プレイヤーが誰であろうと。そんなところで冒険する必要がなかったんっすよ。僕は当時200万から始めたんで、お金が足りるかどうかもわかってなかった」

─ 現在と当時のポーカーを比較してどの点に違いを感じますか?

「プリフロの3betレンジは広くなったと痛感しました。グランドリスボアで打ってたときは、3betはAA,KK,QQ,AKのどれかしかなかった。ほんとに。今はそれに加えて、ハンド以上にポジションや他の状況が重要になってきた。進化してより難解になってます。安全に勝つっていう、安全さが下がっている。もうちょっとギャンブルしなきゃだめになってきた。ギャンブルをするということは、スウィングがでかくなること。その中でエッジを取っていってトータルで勝つ必要があるから、バンクロールがいるようになってしまった」

─ 3年間を通して収支は?

「僕は年収はほとんど変わらなかったんですよ。大きなレートで打たなかったからかもしれませんが。でもみんなよりは少ないと思いますね。衣住食払って一ヵ月に70万円くらいずつ現金が増えていった感じ。僕は稼いだ金で財を成したってよりは、色々な経験にお金を使っていきましたね」

─ 強いプレイヤーとは、また強くなるために何をすべきですか?

「対応が大事ですね。よく『自分の型を持っている人が強い』」って言うけど、ポーカーはそうでもないと思う。みんな型があっちゃうから、その型が著しく偏っている人を見つけて、その人につけこんでく。自分は読み取られないようにする。逆に相手に型があると思わせるくらいの方がいいかもしれない。

あと、色々なルールを食わず嫌いせずにやってみることが大事ですね。得意苦手関係なくやってみる。今は検索すればすぐに答えが出てきてしまうけど、自分で思いっきり考えて、それから検索することが大事です。そうしないと、何かを考えなきゃいけないときに考えれないから。

僕は、天才っぽい人たちの意見を一個ずつ聞いて、それを考えていると答えに近づくことがよくありました。その人たちの答えがまるまる合ってるのは少ないけど、総合すると答えに近づく。赤のトップ、青のトップ、黄色のトップみたいな感じで、それぞれがいっていることを総合していくと、誰も考えてない色を思いつくんじゃないかな。簡単に言うといいとこ取りですね(笑)」

 

 

 

─三重県四日市市にポーカーバーをオープンされましたね。

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「はい、『Liiink』(リンク)という店をオープンしました。ポーカーを通じて何か社会貢献できることがあるって思って始めました。まだそれが何かわからないですが、その答えとなるキーワードがトーナメントじゃないかなって思ってます。行ったことないところへ訪れ、新しい人と会うきっかけになるので。そういうものを作れたらいいかなと思ってます。直近の夢は、ここからマカオやべガスへと旅立つプレイヤーが生まれることですね」

アミューズでは珍しくクラップスも置いてあります。初心者の方でも歓迎なので、是非一度遊びにきてください。ポーカーも勿論歓迎ですよ」

 

 

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こちらがクラップス台。大小と同じようにサイコロを使うが、
プレイヤー自身が投げるのが特徴的なゲームである。

 

 

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海外のポーカールーム同様、店内には
分煙のための喫煙スペースも完備されている。

 

 

 

(取材・構成/miyuki)

 

 

 

ポーカー語学に「Tagalog」を追加。

 

Englishだけで寂しかったポーカー語学のページにTagalogを追加しました。

語学と言っても日常会話は完全無視でポーカールームで使える言葉しか載せていませんが笑。

まあ、興味のないことは人間覚えれないですし、いいですよね。

 

スラングばかりですが、是非ポーカールームで使ってみてください。

ポーカー語学-Tagalog

 

 

 

「矢倉兄弟って知ってる?」

 

日本人ポーカープレイヤーに会ったときに出身地を聞かれ、

三重県四日市市ですと答えると、ほぼ100%登場する名前があります。

 

それが矢倉兄弟です。

 

 

日本でも、海外でも、

どこのポーカールームで会った人にも、

 

「矢倉兄弟って知ってる?」

と聞かれました。

 

 

 

矢倉兄弟って一体何者なんだろう。。

知り合った方々の話から察するに、僕と同じ三重県四日市市出身で、

いち早くポーカーを初めてマカオに兄弟で定住していたプロらしい。

 

言うなれば、日本人ポーカープレイヤーのパイオニア的存在。

 

 

最近読んだ、やすのりさんて方が書かれてた「人生マネーゲーム」というブログにも名前が出てきてさらに驚きました。

(けむさんという、以前取材した億トレーダーの方の名前も出てきて驚きましたが笑。ちなみにこのやすのりさん、壮絶な人生を歩んでます。株とポーカーで資産億超えを果たしたとんでもない人。短くて読みやすいブログなのでサクっと読むと面白いかも。5-10分くらいで全部読めます。)

 

 

 

矢倉さんに是非一度お会いしてお話を伺いたい。。。

 

 

と思っていたら、矢倉兄弟の兄(賢一さん)が、最近四日市市にポーカーバーを開店されたとのこと。

連絡を取ってみると、是非一度お会いしましょうという流れになりました。

 

 

お会いしたらとってもいい方で、

先日取材までさせて頂いちゃいました。

 

 

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おしゃれなお店でした。

 

 

伝説のポーカープレイヤーがマカオで過ごした非日常をしっかり聞いてきたので、

内容をまとめ次第ここにアップしたいと思います。(「読むポーカー」jjに負けてられんしね!)

ご期待ください。