次は、100万ビューで。

 

久々にGoogle Analyticsを覗いてみました。

 

1

↑更新開始時からの、一週間ごとの集計グラフです。

 

2
↑ページビューの累計数など。

 

筆不精がたたって投稿数がめっきりと下がってますが、

それでも更新をチェックしてくださっていて嬉しい限りです。
(ページビューが結構増えていて驚きました)

 

 

3

投稿数のアーカイブですが、12月は1本、2月は3本、3~4月に至っては0本ですからね笑。

 

 

100万ビューに到達したら、またお知らせしたいと思います。

 

 

 

かっしーさんとソウルへ行ってきます。

 

韓国へ行ってきます。10日間くらいの短期間ですが。

カジノはもちろん、ソウルはウォーカーヒルでございます。

 

前回ウォーカーヒルに来たのはサラリーマン時代。

もう3~4年前になるでしょうか。同業他社の友達二人と計三人でギャンブル旅行に来て以来です。

二泊三日のギャンブル旅行、、、、、旅先でかかる、交通費、食費や飲み代など、何か支払いが発生する度に三人で即興のギャンブルをして負けた人が全額払う、という方式の旅行でした。
(さすがにカジノは別会計)

支払いはもちろん三人分です。結構ヘビーですが、それはそれで面白かった。ちょっと外を観光しただけで、ずーっとブラックジャックしてましたね。懐かしい。

 

そんなわけで、思い出の地へ再来というわけです。

 

ウォーカーヒルにポーカー目的で訪れるのは今回が初めて。

ここでポーカーをするのは今まで少し躊躇していました。

 

と言うのも、

・日本人ばっかり
→上手いプロと同卓する機会が増える。時給が下がる。

・テーブル数が少ない
→すぐに座れず稼働時間が落ちる。テーブル選びができない。

・レーキ 10%(キャップ不明)
→胴元が取るお金が多い。利益が下がる。

・レート 1/2USD or 2/5USD
→レートが低い。つまり、時給が低い。

 

こんな話を聞いて、二の足を踏んでいたからです。

近くにマカオがあるのに、こんなルームに行ってもねえ?とも思っていたのですが、航空券が安くて、何よりポーカー仲間が誘ってくれたので、短期でちょっと行ってみようと思った次第です。

 

今回一緒にソウルへ行くポーカー仲間は、かっしーさん。

昨年の秋ごろにマカオでお会いして、それからの仲です。

 

 

かっしーさんの略歴が面白すぎたので、こちらにちょっとご紹介したいと思います。
(以下、Facebookからの転載です。本人の許可は頂いております)

 

**************************************************************

暇だし寝れないから懐かしい話するね。
自分で言うのもなんだが、俺は高校生の時からスロットを完璧に打てた。
今から17年前のスロットと言えばまだ「クランキーコンドル」とかがあった頃だ!!
俺は高校をやめてスロプロになりたかった…。
でもとりあえず高校くらいは卒業しとくか…くらいの感じでいた。
高校三年生の時に三者面談ってあるよね!!
俺は三者面談の時に「スロプロになる」って母親と担任の先生に言ったんだよ!!
そしたら母親と担任の先生が顔見合わせて笑ってたわ。
そりゃ笑うよな!!
そのあとどうなったと思う?
二人とも俺の事を仕方ない奴だなみたいな事言って三者面談終わったんだよ笑笑
そして単位ギリギリで高校卒業!!
ちなみにだがソコソコまともな高校だぜ。
その高校の一番上の奴らは北海道大学に行くくらい…。
んで本当にスロプロになったわけだ!!
今日はここまで。
おやすみ♪

 

本当にスロプロになったわけだが、ただスロット打つだけじゃつまらないから、スロットの雑誌の誌上プロになろうと思って上京したわけだ!!
そして履歴書持って雑誌の出版社に殴り込んだわけ!!!!
そしたらなんて言われたと思う?
大卒以上でないとダメだとよ笑笑
やってもうた~!!!!
東京に部屋まで借りて大卒以上でないとダメだと?
完全にやっちまったよ!!
すぐに部屋は解約できないから、半年スロットやりながら東京住んださ!!
そしたら麻雀にハマっちまってよー!!!!
貯金が200万円なくなって、なか卯食い過ぎて太って北海道に帰ってきたよ。

 

北海道に帰ってきてからもスロットは打ってたよ。
高校卒業してから3年間スロプロしたわけ。
ん?いくら勝ったって!?
軽く家が建つくらいは勝ったよ。
毎日豪遊したり19歳でセルシオを現金で買ったり笑笑
そんなんだからお金なんて貯まる訳もなく、スロプロやめたときにあった貯金は100万円もないくらい…。

なんでスロプロやめたかと言うと、自分の父親が地元の道の駅にソフトクリーム屋をopenさせるって言って、俺にそこの店長をやってくれって頼んで来たのよ。

 

3年間ソフトクリーム屋さんの店長をやったわけだけど、ぶっちゃけ言うと、そんなに楽しくなかった…今だから言えるけど。
当時は頑張ってくれてるバイトの子がいたので、楽しくなくても「楽しいよ」とか嘘をついてたのよ。まあ「楽しいよ」っていつも言ってる人がカッコいいと思ってたから、カッコつけみたいなとこもあったけど…。

社長の息子って事で、最初から割と特別扱いだったし、店の利益がスゴく出ても給料変わらなかったり…。
サラリーマンとしてはおそらく普通の事が自分には耐えれなかったなー。
でも社会人の最低限のスキルみたいな物や、礼儀みたいな物は学べた!!

続く
だからOK!!

 

さて次は何をしたかと言うとだな…
ソフトクリーム屋さんの店長時代から「ダーツ」にどっぷりハマってたのよ。
そんで自分でダーツバーとかやってみたいなーなんて思ってたわけ。
そこでこの本に出会うのよ!!

「毎日が冒険」著 高橋 歩

この高橋さんて人の行動力が半端なくて、俺も見習おうと思ってたのよ。

そんなとき初めてダーツの大会に出場することになったんだ…。
まあ成績は全然良くなかったんだけど、なんか見たことある人がいるわけ、しかもその人はダーツ大会で力がありそうな発言連発してんの。俺は思い出したのよ。

「母ちゃんの弟のSちゃんだ!!!!」

10年くらい会ってなかったけど、近くに寄ってって挨拶したのよ!!
そしたら向こうもすぐわかってくれて、色々話をしたのよ。そしたら名寄と士別でダーツバーを経営してんだと!!マジでビックリした!!
その日は何もなく帰ったんだけど、自分もダーツバーやりたくて仕方なかったから、Sちゃんに電話したのよ。
「自分もダーツバーやりたい!!」って。一から教えてくださいって頼み込んだ訳だ!!
するとSちゃんは快くOKしてくれたんだ。

俺はソフトクリーム屋の社長(実父)に事情を話して、やめさせてほしいと言ったのよ!!
ぶっちゃけ俺がソフトクリーム屋さんから抜けたら結構大変だったとおもうの。
だけど社長は、やりたいことがあるならやった方が良い。って言ってくれてさ。
本当感謝してるわ!!

そして俺の3年間のダーツバー修業時代がスタートするわけだ!!

 

ダーツバー修業時代

さてさて、Sちゃん→Sさんに呼び方も変えてダーツバーで修業させてもらうことになったんだが、これがまた面白い!
何が面白いかって、24年間生まれ育った町を離れると、俺を知ってる人間がいない!
つまり一から俺を育てていかないといけない訳だ!!
今までは社長の息子だからと言うのがあったが、ここにはない。(Sさんの甥っ子だから…というのが通るほど名寄という町は甘い町ではないと思う)
やってやろうじゃねえか!!
と、思ってたら1ヶ月で士別の店の店長が車で事故って死にかけて、俺が転勤!!
士別の店で3年間修業することになる。
いやー最初はねえ、怖かったぜ!!
士別って町自体が縦社会なの!!
今は仲良いけど、Aさん(見た目プロレスラー)が3人で店に文句言いに来たときはマジでビビった!! ビビり過ぎてテンパって腕相撲挑んだ笑笑

あと俺と同い年で士別にKって呼ばれてる奴がいたの。あったことなかったけど、パンチの効いた奴だって聞いてたのよ。
そいつが午前2時くらいに友達二人と来たわけよ!!またその友達二人がプロレスラーみたいな奴らよ!!
俺は腹くくったわ!!
そしたらいきなり来たわ!!
「テキーラ勝負しようぜ!!」
当時俺は酒はクソ弱くて、なるべくなら酒を飲まないでいたかったと思うくらい。
でも、知らない町でなめられたら、自分で店なんか持てねえ!と思って飲んださ!!ヤケクソね。 そしたらKは、もう1杯!! 飲み終わるともう1杯!!の連続!!
気合いで店に一本あったテキーラを二人で飲みきったさ!!
そのあとどうなったと思う?
たまたま客として店に飲みに来てた隣のマスターが「うちの店にテキーラあるよ!!」だって…
俺はKよりもこの隣の店のマスターを殺したいと思ったよ笑笑
でも先輩マスターで尊敬もしてたから、「ありがとうございます」なんつってテキーラ受け取ったさ!!
そして全部飲みきったさ!!
そしてKは腕相撲勝負して俺が勝ったらお会計タダにしろとかふざけた事言い出したわけよ。
俺も頭きて勝負したさ。瞬殺。
テキーラ2本飲んでお会計タダ笑笑
俺はゲロゲロ吐いて死ぬかと思ったよ!!
そしたら次の日の早い時間…
Kが10人くらい友達連れて店に来たわけよ!!
そして「昨日はゴメンな!!」なんつって昨日の会計の倍以上を支払ってやたら静かに帰ってった!!
俺は達成感があったな。
続く

 

まあまあその他にも先輩マスターにちょいちょい嫌がらせとかされたりで、心が折れそうな時期もあったけど、常連さんや、信頼できる仲間も出来て、店の売り上げも割と好調だったのよ!!
そしてSさんに頼んだんだ!!
「士別の店を一旦俺にください」ってね!!
そしたらSさん「いいぞ、深川帰る前にやってみろ」だってさ♪しびれる~!!
それで一年間くらいかな、士別の店で経営者としての実戦の経験も積むことが出来たんだ!!
そして一年間経ったときに深川に帰ってダーツバーやることを決意したんだよ。
でも3年間住んだ町を出るのはやっぱ寂しかったな!!
士別は俺の第2の故郷や!!

 

あ、書いてなかったけど、自分はダーツを真剣に練習してました。毎日毎日何時間も練習してました。負けては練習して、また負けてはさらに練習して…
3年くらい必死で練習してました。
そして諦めました。こいつ(ら)には練習しても勝てないって判断しました。
自分の中では結構な挫折でしたが、自分ができる限りの努力をしても勝てない奴がいる…
これは本当に良い経験でした。

勝負事と真剣に向き合った事がある人にはわかると思いますが…

本当に無理なんです笑笑

逆立ちしても勝てない奴ら。

あっぱれです!!

 

**************************************************************

 

この一連の投稿を初めて読んだときは、一人部屋で爆笑してしまいました。(そして、やすのりさんの経歴を不意に思い出しました)

かっしーさんは、プロテストに合格してダーツプロになりましたが引退。その後ポーカーに出会い、またしてもどっぷりとはまり、現在プロのポーカープレイヤーになっております。

 

かっしーさんて、なんか飄々としているんですが、ものすごくストイックな一面を感じるんですよね。

自分に言い訳できないくらい何か勝負をしてきた人って、独特の雰囲気があります。今まで何人か会ったことがありますが、かっしーさんからも同じ匂いがしました。

僕も、勝負の世界に憧れを持って生きている人間なので、かっしーさんには勝手に親近感を抱いています。

 

やっぱり、人生は一度なので土俵に上らないとね。

 

と言うわけで、

かっしーとウォーカーヒルへGO!

快勝したら、テキーラを一気飲みしてきます。

 

 

 

ポーカーに向いている人が、ポーカールームには少なかったっぽい。

 

ライブキャッシュのハイレートでプレーされている、この業界で有名な方がいる。ポーカー歴は十数年を越す大のベテランである。

先日、たまたまキャッシュゲームで同卓し、少しお話しをする機会があった。その時の印象に残ったお話がこちら。

 

「日本の友達を何人かマカオに連れてきて、ポーカーだけをやらせたら、そのうちの6-7割くらいは利益が出せると思う」

「でも、そういう人はそもそもプロにならない。日本にきちんとした仕事があって、それを捨ててまでプロになるような人は少ないからね」

「逆に、ポーカーに向いていない人がカジノにやってくる。熱くなりやすい人、我慢が出来ない人、お金の使い方が荒い人、とか」

「だから、僕は勝ててると思うんですよ」

 

 

へーっと思った。

確かにそうなのかも。

 

 

そう思った一方で、

これからは、どんどん日本の強いプレイヤーが増えてくるんだろうな、とも思った。

 

脱サラしてポーカーをされている人にも何人も会った。

大学の卒業と内定が決まり、就職かポーカーか悩んでいた学生にも会った。

そして、大学にもポーカーサークルは増えているからね。

 

これは確実に言えるけど、

日本でフリー雀荘で点ゴ(千点50円)をガリガリと毎日打っている学生が、真面目にポーカーだけをやったら、

マカオの25/50HKDやアメリカの2/5USDのおっさん外国人たちは完全に圧倒されてしまうと思うわ。

最近のフィリピンでは、日本の大学生が海外旅行とバイトを兼ねて、ショートスタックで利益を上げては利確している、って話も聞いたりするしね。

 

 

オンラインには無くてライブキャッシュ特有の状況も多々あるし、もちろん、ポーカー人気でギャンブル好きの弱い人も増えるとは思うけど、

 

それでも、

冷静で、忍耐強くて、お金の管理がしっかりしている人たちがこれからどんどんと増えてくるんだろうな。

 

 

さて、勉強勉強っと。

 

 

 

次の旅では、中国語を学ぶぞ。

 

マカオもあと数日です。

帰国直後に友人の結婚式があるのですが、人生初の友人代表スピーチを任されてしまいました。

光栄ですが、緊張しますねこれ。帰国前に文面だけ考えておこうと、今マカオの自室でパソコンに向かってカタカタと作業しています。

結婚するのは、、、フェラーリ好きのこの方です。

語りたいエピソードが多すぎて、何の話をしようか迷っているところであります。

 

最近、友達に、「結婚式を基準に旅程を立ててるよね、君」

と指摘されたのですが、本当にその通りですね。

 

 

 

帰国したら、二週間ほどオンラインをみっちりとやって、

6月頭からBryan(マカオで知り合ったシンガポール人のポーカー仲間。元プロゲーマー → 銀行員 → 脱サラという経歴)とアメリカへ行ってきます。

今回の目標は、ポーカーで稼ぐことはもちろんですが、三ヶ月間で彼から中国語を学ぶこと。彼も日本語を学びたがっているので、良い関係が築けることでしょう。中国語で意思疎通ができるようになりたいな。

 

そうそう、フェラーリの彼は大変優秀なので、8月からシアトルの大学で法律を学ぶそうです。アメリカで彼の家へ訪れる、という楽しいイベントも確定しました。近場を旅行してもいいかも。

 

今後も、色々と楽しい旅になりそうです。

 

 

 

紅の豚のような生活。

 

ライブキャッシュでも上達はするのだろうけど、なんと言うか、インプットとアウトプットのバランスが最近は崩れている気がする。

既に獲得した知識や技術を金に換える作業を繰り返しているばかりで、自分をすり減らしているような感覚が強い。

マカオに三ヶ月、ロスに三ヶ月、ホテルやコンドミニアムに缶詰でポーカー。トヨタの期間従業員になったような気分に陥ることもある。

 

オンラインポーカーがすごくやりたい。

たくさんの上達へのヒントが目の前に散りばめられている今だからこそ。

 

せっかくこんな生活をしているのだから、とんでもない国で1-2ヶ月オンラインだけをやってみたいな。

 

物価が安くてオンラインだけをできるところ、

または、

物価は高くても、ポーカールームがあって、たまに打ちに行って生活費を稼げるところが理想。

 

もちろん、美しく豊かな景観は必須。

陛下と話してたけど、マルタでポーカー合宿を二ヶ月とかいいなー。

 

1

ビーチでポーカー、たまに仕事して生活費を得る。

紅の豚のような生活に憧れる。

 

もちろん、日本国内も検討中。

おそらくWSOPの後になるだろうけども。