こちらの話の続きです。
若い男の子たちは、カジノの収支状況を一通り報告すると、
「取り返してきますわ」と言って来た道を帰っていった。
20代前半で、10万ものお金をすってへらへらしていられるのだから、金回りがいいのだろう。
見かけは特に変哲のない今風の若者、といった感じ。
Aに対して、「後輩かなんかですか?」と尋ねてみた。
バイト代という言葉が気になったが、少しぼかして質問する。
「まーそんな感じだね」。
Aは彼らとの関係を少し言いあぐねているようだ。
***
チップは増えもせず減りもせず。
BBが2-3周した頃だろうか。
「君、海外の渡航歴は結構あるよね?」とAから声をかけてきた。
Aは僕の全身を値踏みするように見回した後、
「シンガポール以外にも、他にもいろいろ行ってるんじゃない?」と続けた。
この当時、僕はマカオ、韓国、フィリピン、アメリカなどを旅していたので、
「多少は」と答える。
Aは頷いた後、「バイトしない?」と切り出してきた。
Aの話に興味があったので、少しだけ聞いてみようと思った。
先ほどの5人の若者の姿を思い浮かべる。
***
「バイトってのはね、物を運んで欲しいんだよ」とA。
「物は何ですか」と尋ねると、
Aは少しためてから、「金」とぼそりとつぶやいた。
「密輸ですか」
「そうなるね」
「金を運んで儲かるんですか?運ぶ場所は日本ですか?シンガポールで仕入れる方が安いんですか」
完全な犯罪だろうが、この際色々と聞いてしまおうと思った。
Aは説明を始めた。
「消費税がね、シンガポールで買うとかからないんだ。それを日本に持ち込む。申告はしない。日本では消費税込みの値段で買い取ってくれる。その8%が利ザヤだね」
Aの話では、仮にシンガポールで100万円で金を買った場合、日本では消費税の8%(当時)を載せた金額の108万円で買い取ってくれるとのことだった。
100万円分を運んで8万円。
あの若い子たちを使って、飛行機代や宿泊費を払って、と考えると、結構な量を運んでいるようだな、と思った。
「どうやって運ぶんですか」
Aは自分が持っているiPhoneを指さすと、
「手荷物だね。だいたいiPhoneくらいのサイズだよ」と事もなげに答える。
iPhoneサイズの金塊がどれくらいの値段になるのか、調べてみた。
当時大きなサイズのiPhoneがあったかはわからないが、現状で一番大きなサイズの、iPhone 13 Pro Maxで概算してみた。
最大でもこれぐらい、という参考になると思う。
- iPhone 13 Pro Maxは、本体サイズが78.1 × 160.8 × 7.65mm(幅×高さ×厚さ)。
- 体積は96.07立方センチメートル。
- 純金は1立方センチメートルあたり19.31gもあるので、このサイズだと1855グラム。
- 現在の金価格である約6900円とかけわせると、金の価格は1280万円となる。
- 8%が利ザヤと考えると、一回運んで約102万円。
彼のやっていることの本質は、端的に言うと、日本からお金を盗っているということだ。
それを、さも「俺は裏の仕事をしてます」的な雰囲気を出して語る様子を見て、本当にしょうもないな、と思った。
でも、若いうちはこういうことに憧れたりするのだろうな、とも思った。
さっきの男の子たちは、
大きなリスクを背負って得た金を、現地のカジノですってると思うと、本当に幼稚に思えた。
ちなみに、捕まったらどうなるか調べてみた。
新聞の記事によると、発覚した事例のうち98%は罰金を払えば金自体は返却されたらしい。
が、平成30年4月に施工された法律によって、罰則は強化された。
組織的・計画的な大規模な犯行だった2%の事例では、
刑事事件として扱われ、裁判の結果により金の没収という判決が下されたようだ。
罰則は強化されても、消費税は今や10%。
これからも消費税が上がることになれば、この犯罪はもっと増えるだろうと思う。
件数は年々増えていて、手口も巧妙化しているようだ。
Aは旅先で趣味のポーカーをしながら、
若い人に声をかけては運び人を補充しているんだろうか、なんて想像をする。
その後、
Aとはセントーサ島で顔を合わすことはなかった。
***
この話を書いていて、この動画を思い出した。
本当に悪いことをさせられるのは、流されていく人間だと思う。
小銭稼ぎから悪事を働いて、弱みを握られ、深みにはまっていく。
他の稼ぎ方も知らないし、少額の実入りでは満足もできないし、見栄もあるので抜けられない。
組織や序列に加わるのを嫌がっても、
悪い世界には、悪い世界のピラミッドがあると思う。
より悪い人が下へ下へと降りていく、逆ピラミッド。
悪事はスケールしないし、助けも呼べないので、関わることはお勧めしません。
***
ポーカーテーブルは色々な人と出会う。
安易な金儲けの話を持ち掛けてくる人もいる。
アングラな世界で生きている人の比率はかなり高いと思います。
一見華やかに見える人たちでも、裏側は真っ黒の人も多いので要注意です。
初見で見破るのは難しいけど、その辺はリーディングで頑張りましょう。
柵の外に出た以上、自分の身は自分で守り、生き抜いていって欲しいと思います。
GL!